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ガラディナー2017 パリ

世界のフランス料理料理長の会、エスコフィエ協会国際本部の総会と晩餐会が今年はパリで開催されました。ニースに本部を置くこの会は、一年ごとにフランス各地と主にヨーロッパの都市で交互に集います。今まで一度もなかったパリでの出会いに大いに期待していました。総会では副会長の選出、若い料理人たちの料理とサーヴィスのコンクールの規約などが話し合われ、皆が満足のいく結論を得ました。さて、夜8時からはお待ちかねの仮面大晩餐会です。

場所はなんとヴァンドーム広場です。それもあのホテル・リッツの右隣りのパヴィリヨン。何の変哲もない大きな扉をくぐるとほのかな明かりに照らされた中庭に出ます。そこではウェルカムサービスの飲み物が供されています。氷で作ったグラスにウォッカを注いでくれ、手の甲の親指の付け根あたりにキャビアを盛ってくれます。よく冷やしたウォッカと手の温もりがかすかに伝わっているキャビア。昔、知り合いのロシア人に教わった理想的なキャビアの楽しみ方です。フランスでもこうしているんだ、とうれしくなりました。

サロン1  サロン2



8時開始の会ですが、仮面を着けた参加者たちが一階でシャンパンや小さな前菜などをつまみながら談笑します。大広間には氷彫刻や野菜のビュイソン飾り、たくさんの前菜が供されています。また、弦楽四重奏と女性オペラ歌手が雰囲気を一層盛り上げます。9時半になるまで階上にしつらえてある食卓には着けません。300人ほどの会食でしたが、日本の宴会場のように大広間ではなく、8人用の円卓が4卓ほどの比較的小さなサロンがいくつも連なっています。
温かいコンソメの後、オマール海老のキャベツ包みが供され、メインディッシュは丸ごと調理した子羊の腰肉です。大きな台に載せられて音楽と共に入場してきます。一度下がって今度は付け合わせと共に皿に盛られて客に供されます。さすがはエスコフィエ協会の晩餐会、それも老舗の名ケータリング会社ポテル・エ・シャボ所有の館で満を持して用意した大いなる古典料理です。
食事中、例の弦楽四重奏と歌手が電気的な増幅装置なしに音楽を届けます。味わったことのない空気の振動が、美味なる料理とうまく合わさって快感の極致に至ります。人間の大いなる楽しみとはこういうことなんだなあ、と改めて感じ入りました。

デザートが供され、コーヒーと小菓子を楽しみ、さらに食後酒としてアルマニャックを飲んでいると無性に葉巻が吸いたくなりますが、こればかりは今は法律で公共の場での喫煙は禁止となってしまっているので諦めます。

                 ヴァンドーム広場


終わって外に出ると真夜中のヴァンドーム広場の静けさが祭りの後の寂寥感を盛り上げます。忘れられないパリの一夜でした。

日仏料理協会
宇田川政喜
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2017年のスローガン

去年はアルザス地方ストラスブールだったエスコフィエ協会国際本部の総会は、今年パリで行うことになりました。パリに集うのは、珍しく、というより初めてです。エスコフィエ協会はその名のとおり近代フランス料理の祖オーギュスト・エスコフィエの理念を追求する料理人の協会で、その国際本部は、エスコフィエ生誕地ニースの郊外ヴィルヌーヴ・ルーベ村にあります。かつては主にプロヴァンス、コート・ダジュール地方の料理長を中心にした比較的小さな会で、パリにも支部はありましたが、会員はごく僅かでした。それが今日ではフランス全土で2000人を超える会員がいますし、日本を含めて世界の40か国以上が加盟する国際協会になったのです。ほとんどの国の会員は、そこで働いているフランス人で、日本協会のように日本人だけで運営している会はスイス、イタリアなどを除いてあまりありません。加盟後50年にもなるという古参度合と2000人近くの非フランス人の会員を有するということを考慮して、日本の会長は国際本部の副会長なのです。

毎年国際総会で翌年のスローガンを発表するのですが、去年のストラスブールで決まった2017年のスローガンはなんと“温故知新”。フランス料理が大きく変化してきていることが明白になってきた今こそ我々エスコフィエ協会員はエスコフィエに学び直すべきである、との考えからみんなで標語を考えました。「創作料理には過去の蓄積が必要である」と言いたいが、今回はグリーティングカードに漢字そのような意味を書いて世界に送りたい、とのことで急遽、私が決めました。孔子の論語で、日本語ではないけれど、論語は日本人によくなじんでいるのだし、漢字で表現する大和言葉なんて思いつきませんからこれでもいいのではないか、と思っています。

温故知新のカード
onkochishin


とてもきれいにレイアウトしてくれてインターネットで世界の料理長のもとに送られたのですから論語も役に立ったというわけです。

日仏料理協会
宇田川政喜

玉ねぎ

玉ねぎは、フランスではエシャロットと並んで、ほぼすべての料理の味のベースとして使っています。地中海地方で多用するにんにくと同様、玉ねぎなしでは料理ができません。

そんな玉ねぎのスペルがフランスで今年、2016年9月から変わったのです。フランスにはアカデミー・フランセーズという組織があり、言葉の言語学的、文学的正当性を決定する役割を持っていて、時代に合わせて時々スペルを変更します。国語審議会が日本語の送り仮名などを検討、変更するようなものと思ってもいいでしょう。
今まで玉ねぎに当たる語のスペルは、[オニョン]という発音にはそぐわないoignonでした。フランス語ではoiは[オイ]ではなく[ワ]と読みます。また、gnは[ニュ]の発音に充てるスペルです。ですからoignonのスペルは[オニョン]ではなくて[ワニョン]と発音するのが自然です。私の年老いた友人の中にはかつて、玉ねぎを[ワニョン]と発音する人もいましたが、彼も今では[オニョン]と言っています。ですから誰が見てもおかしなoignonというスペルが ognon と変更されるのは必然だったのです。

この情報をもたらしたのは、フランスから一年の修業を終えて帰国したばかりの若い料理人だったのです。彼は料理コンクールへの参加を目指していることもあって正しいスペルを書こうという意思を持っているのです。日本へ帰国寸前にフランス人の友人からこのスペルの突然変更を知らされてびっくりしたそうです。でも学校でのテストならともかく料理コンクールやメニューで日本人料理人が旧来のoignonと書いても当分の間許してもらえるのではないでしょうか。
一方、語学教育にかかわる人たちは、注意が必要です。玉ねぎは ognon です!


日仏料理協会
宇田川政喜

大衆料理

今年も月28日に世界中の都市で恒例のエピキュロスの晩餐会が開催されます。
近代フランス料理の祖オーギュスト・エスコフィエの誕生日を記念してエスコフィエ協会国際本部の総会でテーマを決めます。今年は「大衆料理 cuisine populaire」。初めは「民衆料理」の訳を付けようと思ったのですが、民衆だと政治的な意味合いを含むのでここは大衆酒場、大衆食堂などと用いる大衆という語を使うことにしました。
フランスのほとんどの飲食店はカフェか、カフェが併設しているブラスリ、ビストロです。日本で多くの人がいまだに持っているフランス料理のイメージを表している店はガストロノミックレストランrestaurant gastronomiqueと呼ばれています。
多くのエスコフィエ協会会員はこのガストロノミックレストランの料理長なので今年のテーマのような大衆料理は普段作っていません。店のコンセプトからしてメニューの値段も普段とは違う安いビストロ価格で提案するわけにもいきません。いわば牛丼を高級料亭で供するにはどうしたらいいか、を考えるのと同じです。
もちろん今回の提案以外にも19世紀から今日に至るまで多くの才能ある料理人がこのテーマに挑んできました。でも私の数少ない経験からして本来の地方の名物料理をしのぐ翻案料理に出会っていません。簡単に言うとおいしくないのです。

今年私の経営する店ではメインディッシュにラングドック地方のカスレを選択しました。カスレは大昔は空豆、後世になると白いんげん豆とソーセージ、鴨か鵞鳥のコンフィ、塩漬け豚肉などを煮てオーヴンで焼いた料理です。ブイヤベースなどほかの大衆郷土料理と同じくとてもヴォリューミーです。この一品をどのようにコース料理に取り入れていくのか、料理人の技量が試されます。

エスコフィエ協会国際本部では世界中どこでもいつでも手に入る食材をテーマに選んできましたが、今年は食材ではなく、高度な料理哲学と技術を要求されているようです。29日以降、スイス、フランス、中国、日本など会員の皆さんがどんな趣向をこらしたのか、インターネットで見るのが楽しみです。

日仏料理協会
宇田川 政喜

メニューの歴史と現実

食事を提供する店ならおそらく世界中どこでもメニューがあるでしょう。特に高級店のメニューは、それ自体が美しく、これから始まる美食の世界を想像させるに足る言葉で書かれています。
メニューは、もともとmenuと書くフランス語で、[ムニュ]と発音します。「小さい、些細な」を意味する語が語源です。因みに日本では専ら「品書き」の意味で使っていますが、フランスのレストランではmenuは「コース料理」の意味で用い、品書きはcarte[カルトゥ]と言います。
旧体制の時代、つまりフランス革命以前の王や貴族の会食には品書きは存在せず、自分の周辺にあるものを周りの人に頼んで取ってもらって食べるしかない、という食事風景でした。この頃の品書きは、サーヴィス係や料理人が仕事の段取りをしやすいようにキッチンの壁に張り出したものしかありませんでした。フランス革命が起きて王や貴族の館で働いていた料理人や支配人たちが街に出て食堂を開き始めた19世紀になると店の前に「本日の料理」を張り出したり、黒板に提供する料理を書いて告知したりするようになりました。高級料理の分野でもサーヴィス方法が変わってかつてのようにすべてを一度に卓上に並べるのではなく、サーヴィス係が大きな銀盆を持ちまわって客に料理を見せ、取り分けてくれるようになったと同時に、今日何を食べるかがわかるようにきれいに書かれた品書きを用意するようになりました。
幕末の日本に西洋文化の代表のような形で導入されたのはこういう時代のフランス料理だったのです。鹿鳴館を皮切りに日本中に広まっていきました。メニューのフランス語日本語併記はすでにこの頃定着したのでしょう。客がわかってもわからなくても、明治政府が目指した欧化政策に従っていたのです。

でも今だって笑ってはいられません。洋食屋さんを除いて、どのフランス料理店でもイタリア料理屋でも西洋料理を提供する店は、読む人もいないフランス語やイタリア語でも書いてあるのです。それでもきちんと書かれているのならいいのですが、ミススペルや文法の間違いのオンパレード。例外を除いてほぼすべてのメニューフランス語は全滅です。一昔前にフランスやイタリアの日本料理店のメニューが噴飯ものだったことを思い出させてくれます。それほどめちゃくちゃに近いフランス語やイタリア語ならいっそのこと唐草模様でも書いておいてくれる方がよっぽどましです。
1970年代から多くの日本人料理人がフランスやイタリアへ修行に出かけ、人にもよりますが、比較的長い期間滞在していたはずなのにその人たちがこんなメニューを書くなんて。料理の修業はしてもフランス語はおろそかにしていたのでしょう。メニューを書いている料理長の皆さん、フランス語で書くのならせめて間違いのないようにしてください。初めに書いたようにメニューは想像を膨らませるいわば文学的なキャッチコピーなのです。客にもフランス語を理解する人もいるのです。そしてその人たちの食欲は散在する間違いで削がれていくのです。

日仏料理協会
宇田川政喜
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