フォンの話

ここ数年来、スーパーマーケットでフォン・ド・ヴォと称する缶詰を見かけるようになりました。その一方、プロの料理人はフォンを以前ほど使わなくなっています。フランスの今時のルセットをみると、材料表にそれを見ることはあっても重要視しているようにはとても思えないし、聞くところによると、プロ使用ではあるというものの、出来合いを利用している向きも多いようです。作ったとしても市販品に多少手を加える程度で、エスコフィエの『ル・ギード・キュリネール』で言うように12時間もかけて作ってはいません。「フランス料理はソースが命」といわれてきましたが、「ソースの素」であるフォンがこの有様です。料理の世界は、少々様変わりしてきているのでしょうか。

フォンは、いったいいつからフランス料理には欠かせないものとなったのか、を考えようと、久しぶりに古い本の埃を払ってみました。当然のことながら、エスコフィエは『le Guide culinaire』(1903年)の中で、フォンを「ソースに欠くべからざる存在」としています。しかしそれより古いアントナン・カレムの『l’Art de la cuisine française au 19e siècle』(1833年)には今で言うところのフォンはでてきません。それがユルバン・デュボワの『la Cuisine d’aujourd’hui』(1889年)になると、エスコフィエのフォンとは違うとはいえ、fonds à poêler や blond de veau などが現れます。
こうして見ると、プロの厨房にソースの素となるフォンを備えるようになるのは、19世紀の半ば過ぎ、つまりフランスの産業革命が完成し、大金持ちがどんどん増えてパリの街中に高級料理店が出現する頃ではなかったか、と考えられます。蒸気機関の完成や鉄鋼業の大進歩などによって鉄道がどんどん敷かれ、ナポレオン3世とセーヌ県知事オスマンによるパリ大改造、重なる万国博の開催が目白押しとなり、世の中の変化が誰の目にも明らかとなった時代でした。現代のIT革命とその社会的、経済的影響には驚かされますが、その変化が誰の目にも見えるという点で150年前の社会の変化はすごいものだったでしょう。料理の世界にも当然、影響が大きかったのです。エスコフィエのいう「料理の簡素化」は、ソースの作り方にも見ることができます。一度の大宴会に精魂込めた料理の数々を乾坤一擲作るのではなく、毎日大勢の客に様々な料理を提供するためにすぐにソースを用意できるフォンをストックするのは、とても合理的な考え方です。

それから150年、このコラムで再三述べているように、ガストロノミ界においても労務費の増大と美食の大衆化により、ますます厨房作業の簡素化が必要となりました。肉だってかつてのように半丸をレストランでおろすようなことはなくなりましたし、ヴィネガーなども煮詰めてあるものが製品として流通しています。
フォンやグラスが、仕込むものではなく仕入れるものになるのも歴史の必然かもしれません。

フォンについて、もうひとつ。
fonds は、男性形名詞でも s が付いています。「土地資産、営業権、蓄え」といった意味です。ですから fonds de veau は「仔牛のストック」の意味でしょうか。エスコフィエやデュボワは、この綴りを採用しています。一方、fond は、やはり男性形名詞ですが、「奥、底」の他に「基本、基礎」の意味があります。この場合、fond de veau は、「仔牛のベース」となります。fonds か fond か、の論争があり、現代では fond と書く人がほとんどです。機会があればその経緯について調べようと思っています。

日仏料理協会
宇田川政喜
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