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ヴィシソワーズ

またヴィシソワーズが登場する季節がやってきました。この冷製ポタージュは、いつの間にかフランス料理店の夏の定番となっています。『フランス 食の事典』を書いた折にはその出自がさほど明確には把握できておらず、忸怩たるものがありました。フランスの文献を探してもじゃが芋のポタージュがヴィシの地方料理として見出されただけでした。これは熱いポタージュなので日本で大人気の冷たいものとは異なります。それに、トマトをベースとする 「コンソメ マドリッド風 consommé madrilène」 を例外として、ガストロノミックな料理にも郷土料理にも冷たいポタージュはあまり見られません。
このことを元帝国ホテル料理人、大貫勇さんに話したところ、日本での始まりはどうも戦後の帝国ホテルらしい、ということがわかってきました。現総料理長の田中健一郎さんにも相談すると、超多忙な中、犬丸一郎元社長に尋ねて頂けたのです。

昭和27年(1952年)からアメリカでホテル修行をしていた犬丸さんがニューヨークのレストランでヴィシソワーズと出会い、翌昭和28年に帰国してすぐに常原料理長に提案したのが始まりだった、とわかりました。
連合軍の占領体制にあった日本が昭和26年(1951年)のサンフランシスコ講和会議により、占領状態から脱してやっと独立国として再び歩み始めた頃、帝国ホテルはすでに若い社員を勉強のためにアメリカに派遣していたのに驚かされます。そのアメリカでは1917年、つまり第一次世界大戦の終結1年前にニューヨークのホテル、リッツ・カールトンでこのポタージュを提供し始めた、とのことです。

当時の日本にはまだポロねぎはなかったので長ねぎを使い、鶏の白いフォンでのばして味を高めていたとのことです。水を使って作る方がじゃが芋のおいしさを引き立てられる、という意見も強かったそうですが、料金設定が高かったこともあり、あの村上信夫さんがフォンを使うことにしたそうです。
その当時、レストラン・シドで名高い志度藤雄氏が調理場におり、後にヴィシソワーズと冷製コンソメを組み合わせた「パリ・ソワール」を考案したと言われています。もっともこの Paris soir はフランス語としては間違いです。「パリの宵」と言いたいのなら soir de Paris とすべきでした。

余談はともかく、フレンチレストランでよくお目にかかるヴィシソワーズは、フランスの料理ではなくニューヨーク発祥の一品であった、ということから、かつての日本のフランス料理のある一面を垣間見ることができました。

日仏料理協会
宇田川政喜
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