フランス料理の未来

昨年末にエスコフィエ料理のヴィデオをyoutubeに流してから過去の技術が現在の料理界にどれほど残されているのか、これからの時代にどのように取り込まれるのかを考えてみるようになりました。

現代料理の基となるのは、周知のとおりルネサンス期に当時の先進地域で最先端技術と知識を有していたイタリア、トスカーナ地方の料理がフランソワ1世(14941~1547)やアンリ2世(1519~1559)統治のフランスに伝わったものです。もっともその頃のイタリアにはトマトもピーマンもありませんでしたから今の私たちが考えるイタリア料理ではなく、ビザンティン帝国あるいはオスマントルコ、アラブ世界から流入した食材や調理技術を駆使してつくったものだったでしょう。1861年まで中央集権国家が成立しなかったイタリアでは宮廷料理に端を発するグランド・キュジーヌが発展せず、各地方の料理がそれぞれの形で進化しました。一方、フランスでは中央政権が力を増し、経済的にも強大な国家となったのです。絶対王朝時代のフランスでは大テーブルにごちそうを並べて自分とその隣の人の手の届く範囲の品を食べる、というスタイルでしたが、1789年のフランス革命後にパリに赴任したロシア大使クラーキン(1752~1818)が大皿にのせた料理をサーヴィス係が持ちまわって各人に分ける、というロシア式サーヴィスを提唱し、その後大料理人ユルバン・デュボワ(1818~1901)がひろめました。プロイセン(=統一国家成立以前のドイツの強国)との戦争にナポレオン3世が敗れたものの、産業革命完成後のフランスは当時の経済、文化の世界の中心のひとつでした。そこで登場するのが、オーギュスト・エスコフィエ(1846~1935)です。厨房での作業の簡素化や料理人の地位向上、フランス料理の偉大さを世に示したエスコフィエは世界中で絶賛されました。そしてその料理提供の形態は、1970年代のヌーヴェル・キュイジーヌ出現までさほど変わらずにいました。ヌーヴェル・キュイジーヌでは大皿料理をザーヴィス係が取り分ける、というスタイルではなく、厨房で皿に盛り付けて迅速に食卓に運ぶようになり、今日に至っています。

最近、フランスの高級レストランでの客の食事風景をみていると、以前に比べてチーズを肉料理の後に注文する人が減っているように感じられます。また、アミューズ・ブーシュはパイのアリュメットやオリーヴなどではなくより複雑な品に変わり、デザートも2皿も3皿も供されるようになって来ています。魚料理からソースが消えつつあるし、メインディッシュの主食材のポーションが小さくなり、付け合わせの量も減りました。なんだかコースを通して前菜を食べているような気にもなります。

グランド・キュイジーヌの様子が変わりつつあることは間違いないでしょう。料理は形式やルールで食べるものではありません。フランス料理ははじめから外の世界に影響を受けて成立しているし、これからもそうでしょう。フランス料理の根幹はソースである、といわれてきましたが、それも怪しくなっています。そういえばフランス文化だって世界化の波に晒されてオリジナリティの確認ができなくなっているように見えます。地方料理にも同じことが言えます。例えば食の都として有名な人口百万の都市リヨンで伝統的なリヨン料理を供するブーション(=リヨンの伝統料理店)は十指に満たない、とも言われています。
ヨーロッパのEU化は、食の世界でも例外ではないのでしょう。そういえば最近フランスで行なわれた料理やパティスリのコンクールの優勝者は、北欧だったり、日本だったりします。

私もチーズを食べる時に判で押したように赤ワインではなく、白ワインを好むようになりました。チーズを活かしておいしく食べるには白の方がいいと思うようになったからです。チーズの口で赤ワインを飲むと上質な赤ワインの質を下げてしまうような気がするからです。だから、というわけではないけれど、前菜の時にチーズを食べることもします。
また、甲殻類のソースを添えた鶏料理よりあんこうの赤ワインソース添えを後に食べたいです。魚、肉の順番もいつもそのとおりではなくても言いと思います。フォワ・グラのソテは、メインディッシュでもいいような気もします。

古典料理の素晴らしさを後世に伝える努力は続けるけれど、料理長と意見が合えば、ですが、新しい提案も私の経営するレストランでしていきたい、と思っています。

日仏料理協会
宇田川政喜

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