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美食家ないし食通

高度に発達した平和な社会では人々の関心がおいしいものに行く傾向があります。おいしいものを作り、食べ、おいしいものや事に精通し語る人をフランス語ではgastronomeガストロノームと言います。“ガストロノミに携わる人”の意味ですが、困ったことに“ガストロノミ”同様うまくあてはまる日本語が見つからないのです。食通、美食家は食べて語るだけだし、グルメは美味しいものをたくさん食べる人の意味のフランス語だし…

ではどういう人がガストロノームにあたるか、というとたとえば19世紀フランスの作家アレクサンドル・テュマです。当時パリで大隆盛をみた多くの豪華レストランの馴染み客であり、美食の文を書き、あまつさえ大料理事典まで出版してしまったのです。同時代の作曲家ロッシーニも負けていません。若くして音楽界で大成功を収め、パリに拠点を構えた彼は美食に目覚め、デュマと同様名だたる高級レストランを巡り、自宅でもしばしば晩餐会を催して自ら考案した料理をふるまったと言います。料理を作るだけでなく、マカロニの穴にフォワ・グラのピュレを詰める器具を考案したりもしました。

日本では書をしたため、料理を盛るための皿を焼いたりした北大路廬山人がガストロノームに当たると思います。しかし、彼が鴨料理で有名なパリのレストラン、トゥール・ダルジャンで食事をした際、持参した醤油とわさびをかけて「これが一番旨い」と誇らしげに言ったという話を聞いて彼の振舞の品のなさに呆れてしまいました。ガストロノミとは食を通じてそこにいるみんなが幸せになることも目的としています。世界に名を知られたレストランでやおら醤油を取り出し、料理にかけたら世間の耳目は集めるでしょうが、単なる子供っぽい独りよがりの行為です。
大豆の発酵食品を味のベースとしてきた文化で育った人間には発酵大豆系の味が隠れているとおいしいと感じるのは無理ありませんが、自分の育った環境にはないもので成立している文化を理解するのも知性だと思います。
偏狭な愛国主義的美食はガストロノミとは遠く離れた自己顕示に過ぎないと思います。

日仏料理協会
宇田川政喜
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