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柴田書店の月刊誌『専門料理』で2011年1月号から3年の予定で「エスコフィエを読む=新訳ル・ギード・キュリネール」を始めました。翻訳嫌いな私は、監修を担当し、かつて大学で教鞭を執りフランス文学を研究していて今は西洋野菜を作る五島学さんが翻訳、虎ノ門のフランスランチレストラン『サラマンジェ ド イザシ ワキサカ』のオーナーシェフ脇坂尚さんが技術解説をしています。

見開きのモノクロ2ページで地味なコラムですが、8月号でそれまで扱った料理を再現し、カラーページの特集を組むことになりました。エスコフィエのルセットは10人分が基本で、大皿に乗せて客に供するのです。日本でもかつては、特に婚礼などの宴会料理でこの方法でサーヴィスをしていました。

客席に登場するのはなんと言っても銀製の大皿や盛り付け台です。太陽王と呼ばれたルイ14世の時代は銀器の全盛期でした。しかし相次ぐ戦争で戦費が恐ろしく増大し、おまけに時には負けて王自身が捕虜となり、たいへんな額の身代金を払ったりで王の財政は破産状態に至りました。多くの銀器を売ってその返済に充てたといいます。その際、不足した銀器の代わりに使ったことで陶磁器が流行り始めた、という説もあります。銀の食器は革命の後も豪華な食事の象徴であり続け、エスコフィエが活躍していた20世紀初頭でも、いやヌーヴェル・キュイジーヌが興る前の1970年代初めまで、その地位が脅かされることはありませんでした。もちろん高級な陶磁器もたくさん製造されていました。しかし、豪華絢爛たる食卓の大皿については、陶磁器が銀食器に取って代わることはなかったのです。

ヌーヴェル・キュイジーヌは現代料理革命でしたが、同時に供卓の方法も大きな銀盆からサーヴィス係が取り分けていくというスタイルから厨房で盛り付けた銘々の皿を食卓に運ぶという現在のそれに変わりました。ガストロノミの世界でも“民主化”が進み、先進国であれば誰でもがんばれば高級料理店で最高の食材を最高の料理人が作った料理を楽しむことができます。つまり、100年前に比べてずっと安価になったのです。ですから当然のことながら、レストランでは大勢のサーヴィス係や銀器を手入れする人たちを雇う事はできません。

フランスでは、“銀器”argenterieと名乗るには、例えばナイフやフォークの場合、めっきであっても35ミクロン以上の厚さが法律で定められています。ちなみに日本では細かい規約はなく、3ミクロン程度のものが主流です。でも違いは歴然、フォークを口に入れてみればよくわかります。

よく磨かれたグラス、銀のカトラリ、サーヴィス係が持ち回る銀の大皿と大きいまま調理された料理… そのうちどこかでお目にかかれるのでしょうか。和であれ、中であれ、至高の美食を楽しむには口に入る料理だけが重要なのではありません。会食者の質や食空間の適切さなどとともに、私にとっては什器も大きな要素となっています。ですからエスコフィエ料理を今、再び提案するには問題がたくさんあります。調理の再現が目的にしろ、本当の意味での「エスコフィエ料理の再現」ができるのか、少々心配です。

日仏料理協会
宇田川政喜
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