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フランス料理とはなにか Ⅱ

前回は「和食とは何か」「フランスとは何か」の「“フランス”の始まり」について触れました。今回は中世以降のフランスの変遷についてです。ここ触れないと今日のフランスがよく見えてきません。

ではこの時代から現代にどんな料理が受け継がれているのでしょう。ケルト人の食文化は他の文化同様ほぼ何も残っていません。この人たちはゲルマン人と同様に金髪で肌か白い人たちだ、という記述がローマ人によって残されています。彼らはビールを作って飲んでいたこともわかっています。ただ現代のフランスのビールの源は1870年起き、フランス敗北によって終わったフランスとプロシア(=現代ドイツの一部)の戦争の後、流行したものです。また、牡蠣の養殖やワイン作り、フォワ・グラの生産はローマ人がもたらしました。豚の飼育やハムやソーセージといった豚肉加工技術は“森の人”であるゲルマン人のものです。
※ 参照:『フランス 食の事典』(白水社刊)の“ガリア”、“フランク王国”

フランスの王や貴族に最も大きな影響を与えたのが15世紀のルネサンス期にイタリアからもたらされた食材、機材、料理です。イタリアは西ローマ帝国が消えてしまってからもその地理的優位さ、つまりその当時の文明最先端地域であった東地中海地方の影響下にあり、東ローマ帝国(=ビザンチン帝国)やそれを滅ぼしたイスラム教のトルコ、もっと東のペルシアからも最新情報や物資がどんどん流入していました。当時の低開発地域であったフランスの王たちも負けじと軍隊をイタリアに送ったりして素晴らしいものにありつこうとしていました。フランソワ1世は晩年のレオナルド・ダヴィンチを招待してロワール地方のブロワに住まわせ、一緒に料理を作ったりしていました。蛇足ですが、その時ダヴィンチがイタリアから抱えてきたのが今ルーヴル美術館にある「モナリザ」です。なかでもアンリ2世に嫁入りしたトスカーナのカトリーヌ・ド・メディシスは大勢の料理人やパティシエと共にフランスにやって来てそれまでフランス人が見たことのないような料理や菓子を作らせ、田舎者のフランス貴族たちを驚かせたということです。
ほぼ同じ時代、1492年にアメリカに到達した人たちが持って返って来たのはマヤやインカの金銀だけではなく、じゃが芋、唐辛子、トマトなどの産物です。これらがヨーロッパで料理に用いられるのはもっと時代を経てからですが、料理の世界を大きく変えた出来事と言えるでしょう。イタリアやスペイン料理にトマトがなければ、ドイツにじゃが芋がなければ、韓国料理から唐辛子を失くしたら… 想像できませんね。それほどの出来事だったのです。
※ 参照:『フランス 食の事典』(白水社刊)“ルネサンス”

次回はいよいよ「フランス料理の定義について」です。

日仏料理協会
宇田川政喜
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